魏志倭人伝

「魏志倭人伝」の二著の批評

【Ⅰ】 ①、②に対する最初の読後感想

 詳しい批評は【Ⅳ】で記すことにして、まず、二著①、②の最初の読後感想を述べてみたい。②『決定版邪馬台国の全解決』から述べることにする。

(1)②『決定版邪馬台国の全解決』の最初の読後感想

この本は、過去に出版された2冊の本邪馬台国の全解決』(1982年刊)魏志東夷伝の一構想』(1986年刊)の内容に、新たに倭国の政治交渉記事の内容を加えて、すべてをまとめて1冊にした本であると著者は言う。全体で、6つの章にまとめられている。最初の3章は、主に邪馬台国の全解決』の内容だろうと思われる。この部分は、最初読んでインパクトを受けた。
 漢文に不得手な私たちは、日本の古代史を理解するために、一生懸命魏志倭人伝を読み、その解釈をめぐる考察を積み重ねてきた。陳寿の書いた『魏志倭人伝(以降『』を省略)と范曄が書いた『後漢書』倭伝を読み比べて、異なった記述の箇所では、どちらの記述が正しいとか正しくないとかを論じてきた。専ら、日本の古代史を理解するという文脈の中でだけ、魏志倭人伝に接してきた感がある。
 ところが、魏志倭人伝は、陳寿の書いた『三国志』の中の『魏志』の中の第30巻「東夷伝」の中の第7条「倭人伝」であり、元々日本人に古代倭人の姿を伝えるために書かれた文献ではなく、中国の歴史と文化の中で、中国の王朝や周辺諸国の様子を中国の人々に示すために書かれた文献の中の一部である。『史記』、『漢書』、『三国志』…と続いた中国24史の中で、特に『史記』-『漢書』-『後漢書』-『三国志』は高く評価されて、前四史と呼ばれ、孔子の書いたとされる『春秋』に習って書かれている。これらの中国の史書は「春秋を継ぎ」、文を規則的に矛盾させながら、その奥に真意を伝える「春秋の筆法」で書かれている。つまり、一字やちょっとした表現の変化が大きな意味の違いを表しているから、まず矛盾、「文の錯(たが)え」、微言を発見し、次にその真意である大儀を求めるという読み方をしなければならないと、孫氏は述べる。
 後漢が崩壊し、その後に建国される魏、呉、蜀が勢力を拡大し、やがて魏が蜀や呉を滅ぼし、魏から西晋が継がれていく、いわゆる三国史の時代の様子を解説する。陳寿は蜀の歴史編集の官となり、やがて蜀は滅び、晋の重臣の知遇を得て、晋の歴史編集官になっていく経緯も詳しく書かれている。また、『後漢書』を編纂後、中央政界に復帰したが、クーデターを計画失敗して48歳で刑場の露と消えた范曄の経歴や生れてきた時代についても分かり易くまとめられている。このことは、著者の中国古文献の圧倒的な読書量によるものだろうと思われる。中国の歴史の流れ、中国の歴史書の意味、役割などが説得力をもって示されているように感じる。


 日本における伝統的な中国歴史書の読み方には、大きな問題があるのではないか、と孫氏は言う。中国文明の風習としての伝統的なレトリックが完全に見落とされているのではないか。そして、その欠落を補い、今までにないハイ・コンテクストな視点から魏志倭人伝に書かれていることを解読したのが本書であると述べる。

 1982年に『邪馬台国の全解決』が出版されてから数ヵ月後に、安本美典氏が主宰する『季刊邪馬台国』で、「魏志は春秋の筆法で読めるか」というテーマで、この本の特集が組まれたという。著名な学者達が論じ、その際の学者諸氏の評価はまちまちだったようだが、安本美典氏は、それなりの評価を与えたとする。確かに、この本は大きなインパクトを与えたのだろう。
 後漢の後の中国の歴史の流れが分かり易く説明されているという点、魏志倭人伝は元々中国の政治や文化の文脈の上に立って成立しているものであることを理解できた点が、この本から学べたことだ。


 最初に触れたように【Ⅳ】で、この本の個々の歴史的考察についての批評を述べていくが、本書で物足りなさや危うさを感じるのは、その当時の日本や朝鮮半島の歴史的状況への視点を欠いたまま、結論を下してしまうところであると思われる。日本の歴史的事象について判断するためには、その当時の日本の歴史的状況や中国や朝鮮半島の状況、古文献に書かれていることなどから総合的に判断していく他はない。その点で、本書は中国の歴史や古文献についての知識は優れているが、日本の歴史的状況、日本の歴史書等に書かれていることなどは余り考慮しないため、結果として肯じがたい結論に行き着く、というようなことがしばしばあるように感じた。すごく個性の強い本であり、著述のスタンスは必ずしもバランスが取れているとは言い難いが、学べる点も多くある本だという感想をもった。

   日本古代史の復元 -佃收著作集-

   日本古代史についての考察