魏志倭人伝

「魏志倭人伝」の二著の批評

(2)①『かくも明快な魏志倭人伝』の最初の読後感想

 著者の木佐氏は、多方面にわたる知識の持ち主であり、教養豊かな方であるのだろう。日本古代史に関する今までの学者や研究者の説、それに対して痛烈な批判を展開した古田武彦氏が主張してきたことなどを、しっかりと受け留め、バランスの取れた判断力で裁断していると感じられた。古田氏の果たしてきた業績をしっかり認め、更に、古田氏が誤って考察していると思われる箇所では、批判して自分の見解をキチンと示している。
通常、魏志倭人伝に記されている女王国を「邪馬台国」と書く本が多いが、魏志倭人伝に記されている通りに「邪馬壹国」と記している。また、『隋書』で、倭の国について記された文書を『隋書』倭国伝と呼ぶことが多いが、この本は『隋書』がハッキリと記しているように『隋書』俀国(たいこく)伝と呼んでおり、大変好感が持てる。
この本の冒頭、「原文で読める魏志倭人伝」として、魏志倭人伝の古代の中国語での読み方が示されている。魏志倭人伝の文章は、散文であるにもかかわらず極めてリズミカルで、簡潔かつ明晰であることを示すためである。この本の説明を読むと、確かに倭人伝の文全体が韻を踏んでおり、素晴らしいリズムを作り出していることが分かる。『魏書』を書いていた皇后の姻戚である夏侯湛という人が陳寿の書いた『魏志』を読んで、自分の『魏書』を破棄してしまったという。漢文の素養のない私たちにも、確かに魏志倭人伝の素晴らしさが伝わってくる。
全般的に、調べるところは調べ、そう考える理由をしっかりと述べて結論に至る極めて説得的な論考である。多くのことを考慮しながら論を進めるバランスの良さもあるように感じる。また、「かくも明快」に疑問が解けたところも何箇所かあった。


 しかし、読んでいて、時々違和感を感じる点がある。それは、著者の木佐氏が九州王朝を認めているものの、古田氏と同じように九州王朝が連続していると考えている点にあるのではないか、と思った。『記紀』(以降『』を省略)が述べるように大和朝廷がこの国を支配していた、というのは史実と異なり、九州の王権が古代のかなりの時代まで支配権を持っていたと考えられる。このことを古田氏と同様に木佐氏も認めている。佃收氏はこの九州王権は、卑弥呼の邪馬壹国、倭の五王、『隋書』俀国(たいこく)伝に記されている俀国などのように、連続した王権ではなく、異なる王権が入れ替わっているとして、その歴史を説明する古代史を展開している。木佐氏は古田氏と同様にこの九州王朝が連続したもの、と考えているのではないか。また、倭人は昔から日本列島に居たように考えているように思われる。倭人が渡来した経過を、考察の外に置いているのではないだろうか。


 この点は確かに私たちとは異なる。しかし、①『かくも明快な魏志倭人伝の異なる論点に出会っても、暗い感じにはならない。それは、木佐氏のように、しっかりと議論をして違っているところは直すという、バランスの取れた態度で古代史の建設に向かっていくのなら、やがて多くの人が認める日本古代史が作られるのではないか、と感じるからである。一人の人間が、日本古代史をすべて建設することはできない。多くの人が協力して、いろいろな意見を出し合い、他者の良いところを認め合いながら、建設していく以外ない。学閥や権威に拘り、日本人がどの様に形成されて来たか、これからどの様に生きていくべきかという肝心要の問題に、結果的に背を向けてはならない。木佐氏もこの本のはじめにで、皇国史観を守るところから出発した古代史は、原発の専門家と、詭弁の使い方において同じだと述べ、批判している。更に、「魏志倭人伝には信頼できない情報がまじっている、というのは専門家の常識である。だから魏志倭人伝を死んだ昆虫のように扱って、自分の説を組み立てた。そもそも、自分で気がつかなかった問題、無視した問題は専門家といえども詳しく調べることがないのは、どの分野でも言えることだ。要は、素人だろうが専門家だろうが、カギとなる問題を見つけて徹底的に調べ、適切な方法で納得いくまで考え抜いたものには誰もかなわない、ということだと思う。」(p.7)と述べている。多くの人達がこのような姿勢で、日本古代史に向かう時が来ていることを、この本から感じることができた。

  日本古代史の復元 -佃收著作集-

  日本古代史についての考察