魏志倭人伝

「魏志倭人伝」の二著の批評

<6章 東アジアの中の日本>

 春秋時代の「文姜説話」を述べ、春秋学の伝統的なレトリック「属辞比事」を説明して、中国の史書はこのような書き方をしていることを理解して読まなければならないと述べる。245年、難升米に黄幢を下賜し、郡に付して仮授せしめたこと、247年張政等を遣わし詔書、黄幢を難升米に拝仮したことを挙げ、難升米は女王と同格であるから、難升米=「男弟」とする。また、「…司馬懿遼東半島朝鮮半島支配下に置き、倭国を魏の支配下に引き入れた結果だが、その司馬懿が、親魏倭王卑弥呼を飛ばして、難升米を倭王として公認したことになる。」(②p.309)とする。更に、「邪馬台国は九州北部三十国、弥生三十大集落の総称であり、女王の出身地は博多、奴国であり、なんとヒミコはナズメに殺された。」(②p.335)と言う。卑弥呼は、難升米=「男弟」に殺されたのだろうか?


 「文の錯え」を拡大解釈して、論理的にこのように解釈できる可能性もあるかも知れない。しかし、魏志倭人伝を読めば、誰にでも自然に目に入る重要なことを忘れていませんか?孫さん!と呼びかけたくなる。張政が派遣される直前に、何が書かれているか。倭人伝の後ろ三分の一は、倭国の魏との外交記録である。その中に突然、狗奴国の男王卑弥弓呼と倭女王卑弥呼の不和の記事が入り、倭国は倭載斯烏越等を帯方郡に遣わして、相攻撃する状況を説明する。そして、郡から張政等が派遣される。狗奴国と倭国の間に戦争が起こっている。張政は軍人だろうから、これを治めるために派遣されたのだろう。この戦争の過程で、張政が来る前に、卑弥呼は戦死したか重傷を負うことも考えられる。その場合には、黄幢などは卑弥呼以外の者に拝仮する以外ないかもしれない。「卑弥呼以死」の文は、孫氏の様に、張政が檄を作って告喩した直後に死んだとも解釈できるかも知れないが、この狗奴国との戦争によって死んだとも解釈できるだろう。
 この本では、魏が仕掛けた軍事紛争として、韓伝での「辰王」の政変、倭人伝での卑弥呼の政変が二卵性の双子のようにあるとし、魏と倭国内部の問題として解釈されている。韓国と魏の間には楽浪郡帯方郡での直接的な領土問題があるが、倭国と魏の間には直接的な領土問題はない。それよりも、狗奴国との戦争に全く触れられていないことが問題である。第4章で、少し狗奴国に触れたが、魏志倭人伝と『後漢書』倭伝で狗奴国の位置が食い違っているにもかかわらず、『後漢書』が正しいとするだけで、この本では全く狗奴国には触れようとしない。なぜ、この政変に狗奴国が関係しないのかを全く述べずに、単に魏と倭国内部の政変とするのは妥当性を欠いた記述であると思わざるを得ない。


 最後に、著者が卑弥呼の宮殿があったとする高祖山周辺が天孫降臨の舞台であったことをほのめかす文を載せている。このことについては、天孫降臨の舞台が日向(ひむか、宮崎県)ではなく、日向(ひなた、福岡市西部)であることを多くの歴史家が理由を提示しながら述べている。例えば古田武彦氏が『盗まれた神話』第7章「天孫降臨の解明」で、佃收氏が⑥『新「日本の古代史」(上)』(p.15)「「天孫降臨」の検証」以降、『新「日本の古代史」(下)』(p.575)以降で、そう考える根拠を示して詳しく論じている。

 

<総論的に>


 本の表題邪馬台国の全解決」「中国『正史』がすべてを解いていた」、や帯の表示「歴史教科書の書き換え必至!」は「羊頭を掲げて狗肉を売る」と言わざるを得ない。歴史的な事象の考察をする時、重要な条件を敢えて抜かして、自分の結論に行き易いような記述にすることや、反対のことを全く考慮していないことなど、首を傾げたくなるような論考が多々ある。このような論考によって、教科書が書き換えられることは許されないだろう。


 しかし、記述の材料に使われる個々の事柄は中国の歴史に詳しくない私たちには本当に勉強になった。その点では、著者に感謝したい。また、これだけの知識がある人が本を出したい気になるのは、分かるような気がする。実は、これらのことは著者の孫氏も先刻御承知のことなのだろう。序章の最後に次の様に書かれている。「…読者の皆さん、この本も、意外と面白いかもしれませんよ。……この本は、学術論文の形ではないが、それ以上の中身はあるかも知れないし、まあ、遊びの本、「探偵小説」と思って読んでいただければ、著者は満足。」(②p.6)


 とても刺激的な本であり、魏志倭人伝やその時代の倭に興味があり、中国の歴史や史書についても詳しく知りたい人は、読んでみるといいのではないか、と思った。しかし、中国の歴史に比べて、日本の歴史そのものについては著者自身の詳しい掘り下げを感じる部分は少なく、よく知られた歴史家の説を深く検討することなく取り入れている感があり、議論の展開の仕方にも、私たちには違和感が残った。

  日本古代史の復元 -佃收著作集-

  日本古代史についての考察